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2009年05月 アーカイブ

2009年05月16日

インターネット議会中継で分かった議員の異常な言動  ―― 竹原信一市長不信任決議可決の不当な手続き

 竹原信一市長に対する二度目の不信任案が可決された。これによって、竹原信一市長は失職させられた。
 私は、この不信任決議可決の様子をインターネットによる議会中継で見ていた。
 阿久根市議会は異常であった。不当な手続きで不信任決議を可決してしまったのである。
 不信任決議案の提案者である木下孝行議員が質問にまともに答えないのである。例えば、木下孝行議員は提案理由の一つとして「国の法律に矛盾する独裁主義」と述べた。それに対して、牟田学議員が次のような質問をした。 

 〔竹原市長のブログの〕 どの部分がどの法律に矛盾しているのかお答え下さい。
 
 これに対して、木下孝行議員は次のように話し出した。 
 えーと、阿久根市は三割自治の町でございます。……

 〈財源を確保するためには国との関係が大切である〉という趣旨を話したのである。これでは全く質問に答えていない。
 当然、牟田学議員は、再度、どこがどう違法なのかを問いつめた。すると、木下孝行議員はとんでもないこと言ったのである。 
 資料を持っていないので……
 
 これには、さすがに傍聴席から失笑が起こった。「バカにすんな。」という怒りの声も聞こえた。
 結局、木下孝行議員は根拠を示せなかった。「資料」すら持ってきていなかったのである。これは、市長を失職させるという重大な提案をおこなう者の態度ではない。異常である。(注1)
 残念ながら、牟田学議員はここで追及を止めてしまった。しかし、さらに追及するべきであった。
 次のように言えばよかったのである。 
 それでは資料を持ってきてください。いつまででもお待ちします。木下議員は、〈竹原市長が現行法に違反した〉と批判した訳です。木下議員には、その根拠を示す義務があります。違反したのか。違反していないのか。それが分からなければ、木下議員が提案されている市長不信任決議案が正当かどうか判断が出来ません。
 
 ここは、木下孝行議員が資料を持ってくるまで待つしかないのである。根拠を示すまで待つしかないのである。根拠が示されるまでは、不信任決議案への賛否は決められない。
 しかし、木下孝行議員は「資料を持っていないので……」で済まそうとしている。これは異常な事態である。
 また、本来、このような異常事態の解決は議長の責任である。議長は、このような事態を許すべきではない。
 市長不信任決議案の主要な主張について、提案者が根拠を示していないのである。議長が根拠を示すように命ずるべきである。
 しかし、阿久根市議会は根拠が示されないまま質疑を終えてしまった。そして、根拠が示されないまま不信任決議を可決してしまったのである。 
 竹原信一市長は、根拠を示されないまま失職させられたのである。
 
 このような手続きは不当である。阿久根市議会は、不当な手続きで不信任決議という重大な議案を可決したのである。不当な手続きで市長を失職させたのである。これは異常である。
 この異常さは裁判と比較すると分かり易い。死刑を求刑する検察官が根拠を問われて「資料を持っていないので」と言うか。そんな求刑で死刑が認められるか。認められる訳がない。
 
 阿久根市議会は歴史を作ったのである。議会が首長を失職させるのは、ほとんど前例が無い事態である。(この十年で二度目だそうである。)
 阿久根市議会は、その重い意思決定を実に軽くおこなった。不当な手続きでおこなった。これは歴史上の汚点である。
 阿久根市議会は恥を知るべきである。

 インターネットの議会中継のおかげで、誰でも阿久根市議会の様子を見ることが出来る。現在、上のやり取りは次の動画で公開されている。(注2)(注3)
 
   ● 竹原信一市長不信任決議 
 
 この動画によって、誰でも歴史的な不信任決議可決を検討できる。
 少数の人間を「ごまかす」ことは出来る。しかし、多くの人間を「ごまかす」ことは出来ない。日本中の人間を「ごまかす」ことは出来ない。
 インターネット上に公開することによって、議会は多くの人間の検討にさらされる。これは誠に画期的なことである。
 
               諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 木下孝行議員は不勉強である。
 私の文章を読んでいれば、総務省の主張くらい分かるはずである。
 
   ● インターネット選挙は公職選挙法違反か --「馬」は「自動車」か 
 
 竹原信一氏も、ブログ更新が違法でない根拠としてこの文章を挙げている。
 読んでいて当然の文章なのである。
 
 
(注2)

 次の部分を見ていただきたい。
 木下議員が牟田議員の質問にまともに答えていないことが確認できる。

  25分43秒~ 木下議員 「えーと、阿久根市は三割自治の町でございます。……」
  30分50秒~ 木下議員 「資料を持っていないので……。」
  
 この部分を見れば、阿久根市議会の現状がよく分かる。


(注3)

 この動画は、審議の一部分である。
 全ての審議は次のページから見ることが出来る。
 
   ● 平成21年第2回阿久根市議会臨時会 中継記録  
  
 「竹原信一市長不信任決議」の動画ファイルをクリックすれば見ることが出来る。
 

2009年05月23日

議会は議論をする場所ではないらしい(苦笑)  ―― 奇妙な規則「質問は三回まで」

 竹原信一市長不信任決議案を提案した木下孝行議員は、ほとんどの質問にまともに答えなかった。質問と全く関係ない内容を話し始めるのである。
 次の文章で実例を示した。
 
   ● インターネット議会中継で分かった議員の異常な言動 ―― 竹原信一市長不信任決議可決の不当な手続き
 
 どうして、木下孝行議員は質問にまともに答えないのか。
 二つの可能性がある。 

 1 木下孝行議員はバカである。
 2 木下孝行議員は腹黒い。
 
 木下孝行議員は、質問を理解し答える能力がないのか。つまり、バカなのか。
 それとも、はぐらかしごまかそうとしているのか。つまり、腹黒いのか。
 この疑問を解く鍵は、阿久根市議会の規則にある。 
 質問は三回までしか出来ない。

 「質問は三回まで」と定められている。それならば、関係ないことを話し、回数を稼げばいい。「三回」関係ない内容を話せば、質問は終わる。
 現に、牛之浜由美議員は、質疑の途中で次のように嘆いている。 
 どうも私がお尋ねしていることとは違う答えが返ってきているようなんですけど。もう三回目ですね。(注1)

 牛之浜由美議員は全く質問に答えてもらえなかった。木下孝行議員からは「違う答えが返ってき」ただけであった。それで、「三回」の質問機会が終わってしまったのである。
 常識的に考えて、木下孝行議員は腹黒い可能性が非常に高い。意図せずに、ほとんどの質問に対して関係ない話をするのは難しいからである。(苦笑)
 なぜ、木下孝行氏は、なぜこのような「姑息な手段」を使うのか。また、なぜ、阿久根市議会では、このような「姑息な手段」が通用するのか。(注2) 
 議会が議論をする場ではないからである。
 
 多数派議員は、既に不信任案に賛成することを決めているのである。議会での議論と関係なく決めているのである。
 だから、木下孝行議員がどんな質疑をしようと関係ない。不信任案に賛成するだけである。
 このような状態だから、木下孝行議員の「姑息な手段」が通用するのである。質問にまともに答えなくても大丈夫なのである。質問に答える必要がないのである。
 
 議会の理想状態を想定してみよう。〈議会は議論をする場である〉と想定してみよう。
 そのような議会ならば、議論によって賛成者の数が変わってくる。木下孝行議員がきちんと質問に答えれば、賛成者が増える。そうでなければ、賛成者が減る。もし、このような状態ならば、木下孝行議員はきちんと質問に答えたであろう。「資料」くらい持ってきただろう。(苦笑)
 
 木下孝行議員は「姑息な手段」を使ったことに問題を感じていないのであろう。
 しかし、木下孝行議員は次の事実に気づくべきである。木下孝行議員の行為は、みんなに見られている。インターネットによる議会中継によって、日本中の人に見られている。

   ● 竹原信一市長不信任決議
  
 日本中の人に見られているのである。牛之浜由美議員の質問にまともに答えなかったことも、牟田学議員の質問にまともに答えなかったことも。
 阿久根市議会は公開されている。だから、長期的には、このような「姑息な手段」は通用しない。「姑息な手段」を使う議員には、市民からの罰がくだるであろう。

 もちろん、市民は〈議会は議論をする場である〉と思っている。だから、議論せずに「姑息な手段」を使うのはスキャンダルである。恥ずかしい行為である。
 木下孝行議員はスキャンダルを見られたのである。この事実に気がつくべきである。
 インターネットによる議会中継によって、議会のスキャンダルが暴かれた。議会の現状があらわになったのである。
 
               諸野脇@ネット哲学者
 
 
(注1)

 次の動画の23分55秒を見ていただきたい。
 
   ● 竹原信一市長不信任決議
  
 牛ノ浜由美議員が「もう三回目ですね。」と嘆いている。
 ちなみに、牛ノ浜由美議員の質問は14分13秒から始まっている。
 ここから見ると、木下孝行議員がきちんと答えていないことが分かる。


(注2)
 
 木下孝行議員の名誉のために付記する。
 木下孝行議員がバカである可能性はゼロではない。
 道徳的には、腹黒いより、バカの方がいい。ウソつきより、能力が低い方がいいのである。
 意図せずに間違ってしまっただけである可能性もゼロではない。
 だから、「姑息な手段」とカッコを付けた。

2009年05月29日

なぜ、議長は「無能」なのか

 阿久根市議会は議会の態をなしていない。まともに議論が成立していないのである。
 議論を成立させるのは議長の仕事である。阿久根市議会の浜之上大成議長は「無能」である。 

 なぜ、浜之上議長は「無能」なのか。
 
 以下、この論点を論じる。
 竹原信一市長はまともな議論なしで失職させられた。まともな質疑なしで失職させられた。これについては既に詳しく述べた。
 
   ● インターネット議会中継で分かった議員の異常な言動 ―― 竹原信一市長不信任決議可決の不当な手続き
   ● 議会は議論をする場所ではないらしい(苦笑)  ―― 奇妙な規則「質問は三回まで」   
 
 議論を成立させるのは議長の仕事である。
 浜之上大成議長は、質問にまともに答えない木下孝行議員を指導するべきであった。
 例えば、次のように言えばよかったのである。 
 牟田学君は〈竹原信一市長のブログのどこが公職選挙法の何条に違反しているのか〉を質問したのです。質問にきちんと答えなさい。
 
 しかし、議長は何もしなかった。
 なぜ、議長は、議長としての仕事をしないのか。
 なぜ、議長は「無能」なのか。  
 議会が議論をする場所ではないからである。
 
 もともと多数派は、竹原信一市長不信任決議案に賛成することを決めているのである。議論によって、その結論は変わらないのである。だから、議論など必要ないのである。
 このような状態では、議長がきちんと仕事しなくても、それで済んでしまう。また、このような状態では、議長としての能力が無い人間が議長になっても「問題」はない。だから、議長は「無能」なのである。
 議論する必要がないから、議長は「無能」なのである。
 
 議長は「無能」でも務まる。いや、「有能」であっては困るのである。多数派の議員は、〈議論などせずに、強引に決めてしまおう〉としているのである。「有能」な議長に議論などさせられたら、却って面倒なのである。
 議長は「無能」である。それは、議会が議論をする場所ではないからである。
 
 もちろん、これは阿久根市だけの傾向ではない。全国的に、ほとんどの議長が「無能」なのである。それは、ほとんどの議会が議論をする場所ではないからである。(苦笑)
 次回の文章でその証拠を示す。
 
              諸野脇@ネット哲学者

2009年05月30日

議長「たらい回し」スキャンダル

 議長は「無能」でも務まる。
 この事実を端的に表す事態が発覚した。
 世田谷区議会が議長職を「たらい回し」にしていたのである。このスキャンダルはテレビ番組「スーパーモーニング」で大きく報道された。(注1) 

 おととい(5月20日)東京・世田谷区議会で議長選挙が行われた。これまでの大場議長が、任期途中で「一身上の都合で」辞任したためだったが、これがとんでもないことになった。

 まだ議長が辞任していない段階で、次の議長の名前と議長公印が押された文書が議場に配布されていたのだった。一部議員が、「不正だ」として追及したため投票は無効となり、きのう再投票になった。選挙の結果は2度とも、まさしく文書の名前の人が選ばれたのだが、これっていったい何なの?

 ……〔略〕……
 
 同会派の山口幹事長は、「たらい回しというのは理解できない」ととぼけてみせたが、議長を辞任した当の大場やすのぶ議員は「2年で替わるというのは慣例か?」との問いに、「そう、私に限らず、ハイ」とあっさりと認めた。

 さらに、「たらい回しがいいかは別にして、事実としては1年ごとに辞表を出して代わってきた。もし議長を辞めなかったら、自民党の会派から出されますよね」とまことに正直。

 事実世田谷区では、初代から56代まで62年間、議長は「一身上の都合」で任期途中で辞任している。……〔略〕……
   ● 「スーパーモーニング」 金と名誉の「共有」堕落か美談か 地方議会の議長「たらい回し」


 62年にわたる堂々たる「たらい回し」の伝統である。(苦笑)
 彼らにとっては〈議長は誰でも出来る〉ものなのである。だから、「1年ごとに」議長職を「たらい回し」にしていたのである。
 議員達は、これをスキャンダルと思っていないのであろう。議会の常識だと思っているのであろう。
 それでは、彼らは、なぜ「たらい回し」にしていたのか。「スーパーモーニング」のコメンテーター達は次のように語っている。 
 山口一臣は、「議長だと選挙で有利でしょうし、歳をとってからもらえる勲章もワンランク上がるかもしれない」

 大谷昭宏が、「何とかの会ってのがあるでしょう。あれに呼ばれるのが、地方なんかでは名誉なんですよ」(あっはっはと赤江珠緒の声)

 小木逸平が、「じゃあ500万円だけじゃなくて、名誉もみんなで分かち合おうということですか」
 〔同上〕

 
 金と名誉を分けあっていたのである。
 議長職には、500万円の手当が付く。また、名誉も付いてくる。そのようなうまみがあるものを独り占めするのは「不公平」である。「福利厚生」の一環として、みんなで分けあっていたのである。(苦笑)

 しかし、市民から見れば、これはスキャンダルである。議員達は、市民の普通の感覚から大きくズレている。
 市民は〈議会は議論をする場所である〉と思っている。
 議論を成立させるためには、高い能力が必要である。本来、議長には高い能力が必要なのである。それは、誰にでも出来るものではない。(注2)
 例えば、テレビ番組の司会者を想像してもらいたい。例えば、みのもんた氏である。 

 みのもんた氏が高給取りだからといって、司会の仕事をアシスタントと「たらい回し」にする訳にはいかない。
 
 みのもんた氏は、みのもんた氏の司会能力ゆえに高給を取っているのである。みのもんた氏ではなくアシスタントが司会をしたら、視聴率が落ちてしまうだろう。司会の仕事を「たらい回し」することは不可能なのである。誰にでも出来る仕事ではないのである。
 本来、議長もこれと同じである。議論を成立させるためには、高い能力が必要なのである。「たらい回し」できる仕事ではないのである。 
 本来、議長は「たらい回し」できるような仕事ではない。
 
 それにもかかわらず、世田谷区は議長を「たらい回し」にしてきた。世田谷区では、議長には特別な能力は必要なかったのである。議長に専門的な高い能力が必要なかったのである。それは、〈議会が議論をする場所ではなかった〉からである。
 議会が議論する場でなければ、議長職がただの「うまみ」に見えても仕方ないだろう。(苦笑) 何もせずに、高い給与と名誉が手にはいるのである。
 注目するべき事実がある。 
 世田谷だけかと思って23区に聞いたところ、20の区から回答があって、全部が1年ないし2年で交代している。
 〔同上〕
 
 23区のうち、少なくとも20区が「たらい回し」をしているのである。(残りの3区も回答が無かっただけある。その3区も、とても怪しい。笑)
 回答を寄せた自治体は全て「たらい回し」をおこなっていたのである。
 前回の文章の最後に私は次のように書いた。 
 もちろん、これは阿久根市だけの傾向ではない。全国的に、ほとんどの議長が「無能」なのである。それは、ほとんどの議会が議論をする場所ではないからである。(苦笑)
 次回の文章でその証拠を示す。
   ● なぜ、議長は「無能」なのか

 この事実が「証拠」である。
 調査結果が判明した全ての自治体で議長が「たらい回し」にされていた。つまり、議長は「無能」だったのである。特別な能力が必要とされていなかったのである。
 全国全ての自治体を調べても、この傾向は変わらないであろう。
 
 議長の「たらい回し」はスキャンダルである。しかし、それはもっと大きなスキャンダルの表れに過ぎない。
 それは〈ほとんどの議会が議論をする場所になっていない〉というスキャンダルなのである。
 
              諸野脇@ネット哲学者
 
 
(注1)

 この事実は、戸田ひさよし氏の次の文章で知った。

   ● 門真市も他人事じゃない! 議長「たらい回し」、世田谷区で不正発覚し大問題に!
 
 お礼申し上げる。
 

(注2)

 議長には高い能力が必要である。議論を成立させるためには、高い能力が必要なのである。
 例えば、質問にまともに答えない議員には次のように指導しなくてはならない。 

  牟田学君は〈竹原信一市長のブログのどこが公職選挙法の何条に違反しているのか〉を質問したのです。質問にきちんと答えなさい。
   ● なぜ、議長は「無能」なのか

 議論を理解し、議論に介入し、議論を整理する能力が必要なのである。
 このような能力は、議員全員が持っているものではない。
 特別な能力なのである。

2009年05月31日

このような議会には適応しない方が正しいのだ

 現状の議会は、〈議論をする場所〉になっていない。
 既に、詳しく論じた。
 「質問にきちんと答えない」・「質問は三回までという規則がある」・「議長が何もしない」・「議長職をたらい回しにする」。
 これは、議論をしようとする姿勢ではない。
 現状の議会は不正な状態なのである。不正は改善しなくてはならない。このような不正な議会に適応してはならない。 

 不正な議会には適応するべきではない。
 
 適応しなかった例を見てみよう。
 元阿久根市長・竹原信一氏である。
 竹原信一氏は言う。 
皆さんは全議員が集まって、議会としての阿久根の施政方針などを議論しているとお思いでしょう。しかし、そのような話し合いをした事は、いままでただの一度もありません。市長が召集した時にだけ来て、議案にケチをつけて賛成、反対の多数決をするだけです。年間30回ぐらいの仕事で415万円も貰っています。アルバイト程度の仕事振りです。本来ならば、議会も市長もそれぞれがまっすぐ市民の方を向いて、あるべき阿久根を議論すべき所です。……〔略〕……
   ● 竹原信一の市政報告 1

 竹原信一氏は、現状の議会を「議案にケチをつけて賛成、反対の多数決をするだけ」と批判する。「本来なら……あるべき阿久根を議論する所です」と批判する。
 竹原信一氏は議会に全く適応しなかった。逆に、不正な議会を変えようとした。
 その結果、竹原信一氏は不信任案を二度可決され、失職させられたのである。 
 不正な議会に適応するより、不信任案を可決される方がよいのだ。
 
 不正な議会から不信任を突きつけられるのは、望ましい状態である。それは、自分が正しい道を進んでいる証拠である。
 竹原信一氏は、不正な議会に全く適応しなかった。  
 適応力ではなく、不適応力こそ必要なのである。(笑)
 
 多くの議員は、「議案にケチをつけて賛成、反対の多数決をするだけ」という現状に疑問を感じなかった。疑問を感じずに適応してきた。
 しかし、竹原氏は疑問を感じたのである。不適応を起こしたのである。改善を目指したのである。このような不適応力こそ必要なのである。
 「多数決をするだけ」という現状を変えなくてはならない。議会を「あるべき阿久根を議論する所」に変えなくてはならない。

 多くの自治体において、現状はさほど変わらないであろう。既に述べたように議会は〈議論をする場所〉になっていないのである。
 「質問にきちんと答えない」・「質問は三回までという規則がある」・「議長が何もしない」・「議長職をたらい回しにする」。
 あきれた現状なのである。
 このような現状に適応してはならない。気を確かに持たなくてはならない。
 議会は〈議論をする場所〉なのである。
 
               諸野脇@ネット哲学者
 

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