メイン

インターネット論 アーカイブ

2008年12月03日

リンクに許可は不要である

 「リンクに許可・許諾が必要である」という間違った考えがある。
 その間違った考えを次の文章で批判した。(以前メールマガジン『インターネット哲学』で発表した文章をホームページにアップしたものである。)

  ● リンクに許可は必要か
 
 「リンクに許可・許諾が必要」になれば、インターネット上のリンクの総数が減る。リンクはインターネットの中核である。〈リンク許可制〉は、その中核であるリンクを減らす。つまり、インターネット社会の発展を阻害する。
 インターネット社会のグランドデザインを考える上で重要な文章である。
 ぜひ、お読みいただきたい。
 以下、この文章の主要な主張をまとめておく。 

 1 ホームページは多くの人に読んでもらうために公開するものである。公開する行為自体から、リンクに同意していると判断できる。だから、無断でリンクを張ればよい。
 2 許可を得るのには労力がいる。リンクを張る方、張られる方の両方に負担がかかる。〈リンク許可制〉になった場合、インターネット社会全体で無駄な労力を使うことになる。
 3 そのような負担がかかるならば、「リンクは張りたくない」と思うのが人情である。許可を得ることがマナーになったら、リンクの数が減る。インターネットの中核はリンクである。つまり、〈リンク許可制〉はインターネット社会の発展を阻害する。だから、インターネット社会のグランドデザインとして〈リンク許可制〉は不適切である。
 4 「リンク禁止」と表示しているホームページもある。このような場合、私は「アホか。」と思う。ホームページを見てもらいたいのか。見てもらいたくないのか。どちらなのか。奇妙な行為である。
 5 「リンク禁止」は確かに奇妙な行為である。しかし、それが本人の〈意向〉ならば、尊重するという大人の対応もあり得る。
 6 しかし、それはあくまで〈意向〉を尊重してもらったに過ぎない。リンクを禁止する〈権利〉がある訳ではない。〈意向〉と〈権利〉とを区別しよう。
 7 〈意向〉を尊重できない場合がある。悪徳商法のホームページにリンクを張り、その悪さを指摘する場合などである。
 8 だから、リンクするかどうかは自分で決めてよい。ほとんどの場合、「リンク禁止」は「アホらしい」ものである。だから、「無視して、どんどんリンクを張ろう。」と思っても大きな問題はない。

 詳しくは上の文章をお読みいただきたい。
 とてつもなく詳しく書いてある。(笑)
 
 念のため書く。
 上の文章は、西原理恵子氏にケンカを売る文章ではない。(苦笑)
 よく読むと、分かっていただけるはずである。

                     諸野脇@ネット哲学者

2008年12月05日

リンクを張らないニュースサイトは役に立たない --東方神起「呪文」は「扇情的」か

 東方神起の「呪文-MIROTIC-」が韓国で有害指定された。
 歌詞が「扇情的」だというのである。

東方神起のヒット曲「呪文」を有害指定 「歌詞が扇情的」
 
 【ソウル西脇真一】韓国保健福祉家族省は4日、日本でも人気の韓国の若手男性グループ「東方神起(とうほうしんき)」のヒット曲「呪文-MIROTIC-」について、「歌詞が扇情的で、子どもが歌うには不適切」として有害指定し、19歳未満への販売禁止措置を取った。同省は歌詞の特定部分でなく、全体が問題だとしている。東方神起は大みそかの第59回NHK紅白歌合戦への初出場が決定。この曲は日本でも10月15日に日本語版が発売されている。

 同省によると、販売禁止のほか、平日の午後1~10時と、週末の午前10時~午後10時の間、テレビ・ラジオでの放送ができなくなる。
 http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20081204dde041200069000c.html


 この毎日jpの記事を読むと疑問が浮かぶ。
 「呪文」の歌詞はどのようなものなのか。それは、本当に「扇情的」なのか。
 なぜ、毎日jpは「呪文」の歌詞を示さないのだろうか。
 ヤフーを見てみる。
 
   http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/entertainment/south_korea_entertainment/?1228365770

 きちんと「呪文」の歌詞にリンクが張ってある。
 引用しよう。
 

 変わってく 溺れてく 君はもう 抜け出せない
 I got you- Under my skin
 壊れてく 溺れてく 君はもう 僕のもの
 I got you- Under my skin
  ● 歌ネット
   http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=71756

 これは「扇情的」か。取り立てて「扇情的」ではない。(注1)
 分かる人は分かり、分からない人は分からない歌詞である。遠回しな歌詞なのである。
 これを聞いて、性的に興奮させられたとすれば、その人はどうかしている。よほどうぶな人なのであろう。日本には、もっとすごい歌詞がたくさんある。(笑)
 
 ヤフーのおかげで「呪文」の歌詞が分かった。「扇情的」かどうかの判断が出来た。
 それにしても、なぜ、毎日jpは歌詞にリンクを張らなかったのか。(注2)
 リンクを張っていなければ、読者は判断ができない。「扇情的」かどうかの判断が出来ない。
 毎日jpは新聞社が運営するニュースサイトである。オールドメディアである。感覚が古いのである。
 それに対して、ヤフーはニューメディアである。感覚が新しいのである。 
 オールドメディアはリンクを張らない。
 ニューメディアはリンクを張る。
 
 オールドメディアは、〈読者は自分で判断を下すものである〉という発想がない。その自主的な判断をサポートする姿勢がない。〈メディアが下した判断を読者が受けとる〉という発想である。
 それに対して、ニューメディアには〈読者は自分で判断を下すものである〉という発想がある。リンクを張り、読者の自主的な判断をサポートする姿勢がある。
 リンクに対する姿勢は、メディアの性質を判断する基準になる。 
 リンクを張っているならば、そのメディアは新しい。
 リンクを張っていないならば、そのメディアは古い。
 
 そのメディアは新しいだろうか。それとも古いだろうか。
 リンクの扱いを見れば、それが分かる。
 
                     諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 日本語バージョンの歌詞と韓国語バージョンの歌詞が違っているようである。
 韓国語バージョンは次の通りである。 

 お前は俺を望んで お前は俺に溺れ お前は俺に狂い 抜け出すことができない
 I got you Under my skin
 お前は俺を望んで お前は俺に溺れ お前は俺に狂い お前は俺の奴隷
 I got you Under my skin
  ● 韓国音楽歌詞サイト
   http://luvrabi.blog113.fc2.com/blog-entry-338.html
 
 どちらにしろ遠回しである。たいして「扇情的」ではない。(笑)
 ヤフーは、こちらにリンクを張った方がよかった。問題になっているのは韓国語バージョンの歌詞なのである。
 もしかしたら、韓国語バージョンの歌詞にリンクを張ったメジャーなサイトはないかもしれない。
 私が初リンク?(苦笑)
 恐ろしいことである。
 

(注2)

 もしかしたら、「リンクには許可が必要」とか「リンクは人のコンテンツを盗む行為」とか間違ったことを考えているのかもしれない。
 そういう方にお勧めの文章がある。
 
  ● リンクに許可は不要である
   http://shonowaki.com/2008/12/post_53.html

 ぜひ、この文章を読んで、考えを根本から変えてもらいたい。


【リンク集】

 意地で、この問題についてのリンク集を作ってみた。(笑)
 
 歌詞

  http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=71756
  http://luvrabi.blog113.fc2.com/blog-entry-338.html
 
 ニュース
 
  http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20081204dde041200069000c.html
  http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/entertainment/south_korea_entertainment/?1228365770
  http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008120400416
  http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008120401000421.html
  http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20081204-OYT1T00060.htm?from=navr
  
  http://www.recordchina.co.jp/group/g26384.html
  http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=108216&servcode=700§code=720
  http://www.chosunonline.com/article/20081203000036

  http://news.google.co.jp/nwshp?gl=jp&ncl=1257654342&hl=ja&topic=e

2008年12月06日

ニュースサイトは記事を削除するな

 私は、次の文章でニュースサイトを批判した。
 
  ● リンクを張らないニュースサイトは役に立たない 
         --東方神起「呪文」は「扇情的」か
         
 〈「呪文」の歌詞にリンクを張らなければ「扇情的」かどうか判断できない〉という趣旨の批判をした。ニュースサイトに対して、外部のサイトにリンクを張るように要求したのである。
 しかし、これは高すぎる要求だったかもしれない。
 現状では、ニュースサイトはもっと程度が低いのである。 

 ニュースサイトは記事を削除してしまう。

 ニュースサイトは公開した記事を削除してしまうのである。しばらくすると、一度公開した記事を削除してしまうのである。これは大きな問題である。
 公開された記事には多くのリンクが張られる。ブログなどからリンクが張られる。リンクを張って、その問題を論ずる文章が書かれる。しかし、記事が削除されたら、せっかく書いた文章が分かりにくくなってしまう。ひどい場合には、ブログに書いた文章が意味不明になってしまう。
 これでは、ニュースサイトにはリンクを張っても無駄である。
 先の文章で私は次のようなニュースサイトリンクを張った。

  http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20081204dde041200069000c.html
  http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008120400416
  http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008120401000421.html
  http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20081204-OYT1T00060.htm?from=navr
  http://www.recordchina.co.jp/group/g26384.html
  http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=108216&servcode=700§code=720
  http://www.chosunonline.com/article/20081203000036

 これらの記事は、時間が経つと削除されてしまうであろう。リンクが無駄になってしまうだろう。(注1)
 インターネット社会はリンクで出来ている。リンクで情報を共有化している。記事を削除するニュースサイトは、情報の共有化を妨害しているのである。これでは、ニュースサイトは〈社会の公器〉とは言えない。(注2)
 一度インターネット上に公開した文章は公的なものになる。リンクが張られ、社会全体の共有物になる。だから、私的に削除する訳にはいかない。
 これがインターネットの大原則である。 

 一度インターネット上に公開した文章は削除しない。

 彼らは、この大原則を守るべきである。
 それが〈社会の公器〉たる者の義務である。
 
                    諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 しばらくしてから、このリンクをクリックしてもらいたい。
 たぶん、全ての記事が削除されているであろう。
 もし、削除されていないサイトがあれば、そのサイトこそ〈社会の公器〉である。
 
 
(注2)

 新聞倫理綱領を見る。 

 国民の「知る権利」は民主主義社会をささえる普遍の原理である。
  
 記事を削除しては、「知る権利」を保障できない。 
 公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。
  
 記事を削除することは、「いつでも、どこでも、だれもが、等しく読める」状態の破壊である。せっかくインターネット上でに公開され「いつでも、どこでも、だれもが、等しく読める」状態であった記事を削除しているのである。
 ニュースサイトの行為は「新聞倫理綱領」に反する。ニュースサイトを運営する新聞各社に改善を求める。

2009年01月17日

竹原信一市長は議会制民主主義を否定する独裁者なのか --どのようにメディアは事実を歪めるのか

 asahi.com(朝日新聞)に次のような記事が載った。

 竹原氏はブログに「議会は時間の無駄」と書き込み、議員を名指しで批判。……〔略〕……
  ● 「辞めてもらいたい市議は?」市長がネット投票募る

 これを素直に読むと、竹原信一氏が独裁者のように思える。議会制民主主義を否定しているように思える。〈議会は不要であり、市長が全て決める〉と考えているように思える。
 
 しかし、本当にそうなのか。「議会は時間の無駄」と言ったのか。竹原信一氏は独裁者なのか。
 竹原信一氏のブログを見る。(注1) 
 12月議会が終った。
 どうにもくだらない。私は「議会に対して不信任だ、私に対する不信任決議をして議会解散してもらいたい。」と言ったにもかかわらず、彼らは「不信任決議」を出せなかった。議会改選がある来年の12月までの400万円あまりが欲しいと見える。

 バカバカしいを超えて哀れ、彼等自身が有権者の意向とは関係なく、ひたすら議員を続けたい人たちであることを証明してしまった。

私は議会は時間の無駄という気もするが、議員たちはその本性を衆目に晒す必要が有るのかもしれない。
市民は、まだまだ市議会の現実を何も分かってはいない。

このムダは市民が世の中の仕組みに目覚める為の必要経費と受けとめるしかない。 
  ● 2008/12/23 (火) 時間と経費のムダ

 
 確かに「議会は時間の無駄」という文言がある。
 しかし、これは議会制民主主義の否定ではない。
 竹原信一氏は、現在開かれている阿久根市議会について「時間の無駄」と批判しただけなのである。
 次の二つを区別しなくてはいけない。
 1 議会A……議会制度
 2 議会B……開かれている個々の議会
 
 議会Bを否定したからといって、議会Aを否定することにはならない。
 つまり、竹原信一氏は、議会制民主主義を否定している訳ではない。
  
 確認しよう。
 竹原信一氏は自分に対する「不信任決議」を求めた。「不信任決議」が出た場合、竹原信一氏は「議会の解散」をするつもりだった。市民に信を問うつもりだったのである。しかし、議員達は「不信任決議」を出さなかった。竹原信一氏の提案に全て反対しているにもかかわらずである。
 このような状態で「来年の12月まで」議会を開くことについて、竹原信一氏は「議会は時間の無駄」と言ったのである。
 竹原信一氏は阿久根市議会の現状を批判しただけなのである。
 つまり、竹原信一氏は独裁者ではない。議会制民主主義を否定している訳ではない。
 
 しかし、asahi.com(朝日新聞)の記事を読むと、竹原信一氏が独裁者のように思える。議会制民主主義を否定しているように思える。(注2)
 つまり、asahi.com(朝日新聞)の記事は虚偽であった。
 この批判に対して、先の記事を書いた記者は何と弁解するだろうか。
 次のように弁解するであろう。 
 竹原信一市長が「議会は時間の無駄」と言ったのは事実である。
 
 もちろん、それは事実である。しかし、竹原信一氏が否定したのは議会Bである。現在の阿久根市議会の状態である。それにもかかわらず、asahi.com(朝日新聞)の記事では議会Aを否定しているように読める。議会制民主主義を否定しているように読めるのである。(注3) 
 これは〈文脈無視の虚偽〉なのである。
 
 現在のメディアは、存在しない発言を捏造することはほとんどない。しかし、発言の一部分だけを取り出すことによって、意味を変えてしまうことはある。文脈を無視することによって、虚偽の記事を作ってしまうことはある。
 記者は記事にする事実を選ぶ。その事実の選び方が問題なのである。不適切な選択をすれば、虚偽の記事が出来てしまう。
 現在のメディアは「正確に」発言を引用して虚偽の記事を作る。
 発言の一部分だけを取り出すことで意味を変えてしまう。
 このような〈文脈無視の虚偽〉に注意しよう。(注4)
 
                  諸野脇@ネット哲学者

 
(注1)

 ブログがあったから竹原信一氏の発言を確認できた。
 だから、記事の虚偽を発見できた。
 公人がブログを持つ意義は大きい。
 

(注2)

 asahi.com(朝日新聞)は、記事から竹原信一氏のブログにリンクを張っておくべきであった。
 ジャーナリストは〈自分の解釈が間違っているのではないか〉という恐れを持っているべきである。
 読者が自力で解釈できるようにしておくべきである。
 この論点は次の文章で論じた。
 
  ● リンクを張らないニュースサイトは役に立たない --東方神起「呪文」は「扇情的」か


(注3)

 実は、ある程度誤解が生じないようにするのは簡単であった。
 「(このような)議会は時間の無駄」と書けばよかったのである。「このような」と補えばよかったのである。
 こう書くだけで、「議会」の意味が明確になった。竹原信一氏が言っているのが、阿久根市議会の現状であることが明確になったのである。
 
 
(注4)

 私の解釈も間違っているかもしれない。
 しかし、それは読者が判断すればいい。そのために、asahi.com(朝日新聞)の記事にきちんとリンクを張ってある。
 だが、問題がある。ニュースサイトは記事を削除してしまうのである。
 
  ● ニュースサイトは記事を削除するな

 記事が無くなってしまえば、読者が判断できなくなってしまう。
 仕方がないので、引用しておこう。
 私が〈文脈無視の虚偽〉を犯していないかどうかを読者が判断できるようにしておこう。
 そのために最低限の引用をする。
 つまり、全文である。(笑)

 
〔以下、記事を引用する。ちなみに、この記事で「ある議員」は「このようなネット投票は議会制民主主義の否定だ」と主張している。この主張は意味不明である。なぜ、「議会制民主主義の否定」なのか。理由を述べるべきである。〕

 ● 「辞めてもらいたい市議は?」市長がネット投票募る(2009年1月14日15時0分)

 「最も辞めてもらいたい議員は?」。鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(49)が、自身のインターネット上の日記(ブログ)で「インターネット投票」を呼びかけている。昨夏の市長選で初当選して以来、議員定数削減案や教育委員人事案を市議会に否決され続けてきた竹原氏。「思いつき」で投票を考えたというが、議員からは「議会制民主主義を無視している」との批判が起きている。

 ネット投票は竹原氏の12日付のブログにある。市議会の名簿順に議員15人全員(欠員1)の氏名を挙げ、「阿久根市議会で最も辞めてもらいたい議員は?」と投票を呼びかけている。閲覧者が自由に投票でき、投票期間や投票結果を発表するかどうかは作成者が決める。発表しない場合、投票先の内訳は作成者しか分からない。

 市議から転身した竹原氏は昨年8月の市長選期間中にブログで他候補を批判し、市選管の指導などを受けて記述を削除。無所属新顔3人を破り、初当選した。市長就任後、市議会9月定例会に副市長と教育委員の人事案を提出したが、賛成少数で不同意。教育長も退任し、空席のままだ。公約に掲げた自身の給料の大幅削減案や議員定数を16から6に減らす条例改正案も否決されている。

 竹原氏はブログに「議会は時間の無駄」と書き込み、議員を名指しで批判。昨年11月から市議会の解散や自分自身の支持の是非をめぐり投票を呼びかけており、市議会解散では13日午後10時時点で約540人が投票している。ほかに市長としての活動の報告や家族の話題、式辞の全文掲載などもある。

 竹原氏は取材に対し「どのような場であっても、市長も市議も公職なのだから批判されるのは仕方がないものだ。ネット投票はお金もかからないし、思いつきで作っただけ。違法行為ではなく、投票結果が選挙や議会に影響しない」と主張し、市長の立場ではなく個人として投票を呼びかけているという。

 ある議員は「このようなネット投票は議会制民主主義の否定だ。市長の不信任案を検討する時期に来ているかもしれない」と反発。別の議員は「竹原市長が個人的な考えを述べているだけで別に気にする必要もないのでは……」と冷めた見方をしている。(三輪千尋、周防原孝司)

■市長も議員も対等の立場

 平井一臣・鹿児島大学法文学部教授(政治学)話 正確性のないネット投票は傾向を把握する参考材料にもならない。市長が市民の意見を聴く方法として、ただでさえ慎重さが求められるネット投票という手段を使うことに疑問を感じる。権力者である市長が、同じように公職選挙法による選挙の投票で選ばれた議員の去就を市民に問いかけるのはおかしいからだ。市長も議員も投票で選ばれたという点では対等の立場。こういうやり方をしていては、ますます信頼を損なうことになる。「思いつき」というが、思慮が欠けており、問題は非常に大きい。


2009年04月17日

インターネット上で「問題」を起こすという広報活動 --竹原信一市長失職を考えるための論理

 竹原信一市長の失職が予想されている。本日、十時からの市議会で失職が決まるであろう。

 ブログを使った議会批判などで議会と対立し、不信任を受けた鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が議会を解散したことに伴う出直し市議選(定数16)が22日、投開票され、市長失職を目指す反市長派が過半数を確保した。
これにより、改選後の市議会で2度目の不信任案が可決されて市長が失職する公算が大きくなった。失職すると5月中にも出直し市長選が行われる。
  http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090322-OYT1T00958.htm?from=nwlb

 しかし、心配には及ばない。
 市議会選挙前に、既に竹原信一市長は言っている。 
今回は誰が議員としての仕事が出来るかというよりも、市民がどれだけ悪くないのを選べるかという選挙だ。これで粗大品は整理される。
私は議会を掃除する為に解散をさせた。次に私が片付けられる。
  ● 2009/03/13 (金) お掃除選挙
 
 「次に私が片付けられる」とある。
 既に、自分の失職は織り込み済なのである。
 そして、再度、竹原信一氏は市長選に立候補するのである。(これも予告済である。)
 
 一見、これは無駄なように思える。しかし、無駄ではない。
 その過程で、有権者に情報が伝わるのである。もめればもめるほど、有権者に情報が伝わっていく。
 竹原信一市長は失職した方がいいのだ。
 
 失職した方が有権者に情報が伝わる。
 竹原信一氏がインターネット上で「問題」を起こす度に、有権者に情報が伝わっていく。
 「問題」をマスコミが取り上げるからである。
 この構造が興味深い。

                 諸野脇@ネット哲学者

インターネットによる動画配信が議会を変える --竹原信一市長失職の様子がリアルタイムで確認できる!

 現在、阿久根市議会の様子が生中継されている。(注)
 
   ● 市議会中継  
  
 この中継により竹原信一市長の不信任案可決の様子をリアルタイムで見ることが出来る。どのような不当(または正当)な手続きで不信任案が可決されるかを確認することが出来る。
 また、「市議会中継記録」として過去の議会の様子も動画で見ることが出来る。議会の様子が動画配信されている。
 これは素晴らしいことである。
 
   ● 議会の〈情報公開〉こそ「変革」の中心   
 
 議会で何がおこなわれているかを知らなければ、有権者は議会を「変革」する必要性を感じない。
 〈情報公開〉こそ「変革」の中心なのである。
 
 多くの自治体が議会中継に取り組んでいる。グーグルで「議会中継」を検索するとたくさんのページがヒットする。

   http://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1T4GGLD_jaJP311JP311&q=%E8%AD%B0%E4%BC%9A%E4%B8%AD%E7%B6%99&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=
 
 この〈情報公開〉が議会を変えていく。有権者が見ているところで、いいかげんなことは出来ないからである。アクビをする議員、マンガを読む議員は確実に減っているだろう。(苦笑)
 インターネットによる〈情報公開〉が世界を変えるのである。
 
                諸野脇@ネット哲学者


(注)

 この情報は、そうるふれんど氏のブログで知った。
  
   ● 臨時議会を傍聴しよう!!  
  
 お礼申し上げる。

2009年04月18日

祝・竹原信一市長失職! --阿久根市民は「覚醒」するか

 不信任決議案が可決され、予定通り竹原信一市長が失職した。
 これは竹原信一氏の予定でもあった。
 そして、竹原信一氏は出直し市長選挙に出馬する。
 
   ● インターネット上で「問題」を起こすという広報活動 --竹原信一市長失職を考えるための論理
   
 竹原信一市長が「問題」を起こすたびに有権者に情報が伝わってきた。
 マスコミに取り上げられてきた。例えば、次のような文章である。
 
   ● ブログ市長の「切ない」思い
 
 
 今度の出直し市長選挙でも、情報が有権者に伝わるであろう。これは有権者への広報活動なのである。
 かつて、竹原信一市長は次のように言った。

 実は、議員定数削減案が今の市議会で成立できるとは考えていなかった。私は議会の本当の姿を市民に知ってもらう道具として提案した。

私が議員の時に提案した浄化槽管理費削減の決議案にまで反対した市議会である。今回は定数削減に反対、浄化槽管理費削減の規則改正にも反対、市民に駐車場を確保する事にも反対、手数料値下げ案にまで反対してくれた。
予想をはるかに超える反応をしてくれている。

 議員たちが自らの値打ちをとことん下げて市民に覚醒の機会を与えている。私は阿久根市議会議員達に感謝している。この市議会でなければ阿久根市民を変えることはできない。
   ● 2008/10/31 (金) 阿久根を変えるということ


 今回も、竹原信一氏は阿久根市議会に「感謝」しているであろう。(笑)
 阿久根市議会が、また「本当の姿」を現してくれたのである。
 阿久根市議会は、議員定数削減・市職員の給与の削減を主張する竹原信一市長を失職に追い込んだ。
 これによって、出直し市長選がおこなわれる。出直し市長選は、マスコミに注目されるであろう。だから、竹原信一氏の主張も、対立候補の主張も有権者に伝わるであろう。(注)
 阿久根市議会は、阿久根市民に「覚醒」の機会を与えてくれたのである。阿久根市の現状について深く考える機会を与えてくれたのである。
 ありがたいことである。(笑)
 
               諸野脇@ネット哲学者


(注)

 竹原信一氏の目標は市民の「覚醒」である。
 だから、竹原信一氏にとっては、出直し市長選挙での勝敗はどうでもいいことである。「覚醒」した市民が対立候補を選ぶならば、それはそれでいいのである。
 

2009年05月16日

インターネット議会中継で分かった議員の異常な言動  ―― 竹原信一市長不信任決議可決の不当な手続き

 竹原信一市長に対する二度目の不信任案が可決された。これによって、竹原信一市長は失職させられた。
 私は、この不信任決議可決の様子をインターネットによる議会中継で見ていた。
 阿久根市議会は異常であった。不当な手続きで不信任決議を可決してしまったのである。
 不信任決議案の提案者である木下孝行議員が質問にまともに答えないのである。例えば、木下孝行議員は提案理由の一つとして「国の法律に矛盾する独裁主義」と述べた。それに対して、牟田学議員が次のような質問をした。 

 〔竹原市長のブログの〕 どの部分がどの法律に矛盾しているのかお答え下さい。
 
 これに対して、木下孝行議員は次のように話し出した。 
 えーと、阿久根市は三割自治の町でございます。……

 〈財源を確保するためには国との関係が大切である〉という趣旨を話したのである。これでは全く質問に答えていない。
 当然、牟田学議員は、再度、どこがどう違法なのかを問いつめた。すると、木下孝行議員はとんでもないこと言ったのである。 
 資料を持っていないので……
 
 これには、さすがに傍聴席から失笑が起こった。「バカにすんな。」という怒りの声も聞こえた。
 結局、木下孝行議員は根拠を示せなかった。「資料」すら持ってきていなかったのである。これは、市長を失職させるという重大な提案をおこなう者の態度ではない。異常である。(注1)
 残念ながら、牟田学議員はここで追及を止めてしまった。しかし、さらに追及するべきであった。
 次のように言えばよかったのである。 
 それでは資料を持ってきてください。いつまででもお待ちします。木下議員は、〈竹原市長が現行法に違反した〉と批判した訳です。木下議員には、その根拠を示す義務があります。違反したのか。違反していないのか。それが分からなければ、木下議員が提案されている市長不信任決議案が正当かどうか判断が出来ません。
 
 ここは、木下孝行議員が資料を持ってくるまで待つしかないのである。根拠を示すまで待つしかないのである。根拠が示されるまでは、不信任決議案への賛否は決められない。
 しかし、木下孝行議員は「資料を持っていないので……」で済まそうとしている。これは異常な事態である。
 また、本来、このような異常事態の解決は議長の責任である。議長は、このような事態を許すべきではない。
 市長不信任決議案の主要な主張について、提案者が根拠を示していないのである。議長が根拠を示すように命ずるべきである。
 しかし、阿久根市議会は根拠が示されないまま質疑を終えてしまった。そして、根拠が示されないまま不信任決議を可決してしまったのである。 
 竹原信一市長は、根拠を示されないまま失職させられたのである。
 
 このような手続きは不当である。阿久根市議会は、不当な手続きで不信任決議という重大な議案を可決したのである。不当な手続きで市長を失職させたのである。これは異常である。
 この異常さは裁判と比較すると分かり易い。死刑を求刑する検察官が根拠を問われて「資料を持っていないので」と言うか。そんな求刑で死刑が認められるか。認められる訳がない。
 
 阿久根市議会は歴史を作ったのである。議会が首長を失職させるのは、ほとんど前例が無い事態である。(この十年で二度目だそうである。)
 阿久根市議会は、その重い意思決定を実に軽くおこなった。不当な手続きでおこなった。これは歴史上の汚点である。
 阿久根市議会は恥を知るべきである。

 インターネットの議会中継のおかげで、誰でも阿久根市議会の様子を見ることが出来る。現在、上のやり取りは次の動画で公開されている。(注2)(注3)
 
   ● 竹原信一市長不信任決議 
 
 この動画によって、誰でも歴史的な不信任決議可決を検討できる。
 少数の人間を「ごまかす」ことは出来る。しかし、多くの人間を「ごまかす」ことは出来ない。日本中の人間を「ごまかす」ことは出来ない。
 インターネット上に公開することによって、議会は多くの人間の検討にさらされる。これは誠に画期的なことである。
 
               諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 木下孝行議員は不勉強である。
 私の文章を読んでいれば、総務省の主張くらい分かるはずである。
 
   ● インターネット選挙は公職選挙法違反か --「馬」は「自動車」か 
 
 竹原信一氏も、ブログ更新が違法でない根拠としてこの文章を挙げている。
 読んでいて当然の文章なのである。
 
 
(注2)

 次の部分を見ていただきたい。
 木下議員が牟田議員の質問にまともに答えていないことが確認できる。

  25分43秒~ 木下議員 「えーと、阿久根市は三割自治の町でございます。……」
  30分50秒~ 木下議員 「資料を持っていないので……。」
  
 この部分を見れば、阿久根市議会の現状がよく分かる。


(注3)

 この動画は、審議の一部分である。
 全ての審議は次のページから見ることが出来る。
 
   ● 平成21年第2回阿久根市議会臨時会 中継記録  
  
 「竹原信一市長不信任決議」の動画ファイルをクリックすれば見ることが出来る。
 

2009年05月23日

議会は議論をする場所ではないらしい(苦笑)  ―― 奇妙な規則「質問は三回まで」

 竹原信一市長不信任決議案を提案した木下孝行議員は、ほとんどの質問にまともに答えなかった。質問と全く関係ない内容を話し始めるのである。
 次の文章で実例を示した。
 
   ● インターネット議会中継で分かった議員の異常な言動 ―― 竹原信一市長不信任決議可決の不当な手続き
 
 どうして、木下孝行議員は質問にまともに答えないのか。
 二つの可能性がある。 

 1 木下孝行議員はバカである。
 2 木下孝行議員は腹黒い。
 
 木下孝行議員は、質問を理解し答える能力がないのか。つまり、バカなのか。
 それとも、はぐらかしごまかそうとしているのか。つまり、腹黒いのか。
 この疑問を解く鍵は、阿久根市議会の規則にある。 
 質問は三回までしか出来ない。

 「質問は三回まで」と定められている。それならば、関係ないことを話し、回数を稼げばいい。「三回」関係ない内容を話せば、質問は終わる。
 現に、牛之浜由美議員は、質疑の途中で次のように嘆いている。 
 どうも私がお尋ねしていることとは違う答えが返ってきているようなんですけど。もう三回目ですね。(注1)

 牛之浜由美議員は全く質問に答えてもらえなかった。木下孝行議員からは「違う答えが返ってき」ただけであった。それで、「三回」の質問機会が終わってしまったのである。
 常識的に考えて、木下孝行議員は腹黒い可能性が非常に高い。意図せずに、ほとんどの質問に対して関係ない話をするのは難しいからである。(苦笑)
 なぜ、木下孝行氏は、なぜこのような「姑息な手段」を使うのか。また、なぜ、阿久根市議会では、このような「姑息な手段」が通用するのか。(注2) 
 議会が議論をする場ではないからである。
 
 多数派議員は、既に不信任案に賛成することを決めているのである。議会での議論と関係なく決めているのである。
 だから、木下孝行議員がどんな質疑をしようと関係ない。不信任案に賛成するだけである。
 このような状態だから、木下孝行議員の「姑息な手段」が通用するのである。質問にまともに答えなくても大丈夫なのである。質問に答える必要がないのである。
 
 議会の理想状態を想定してみよう。〈議会は議論をする場である〉と想定してみよう。
 そのような議会ならば、議論によって賛成者の数が変わってくる。木下孝行議員がきちんと質問に答えれば、賛成者が増える。そうでなければ、賛成者が減る。もし、このような状態ならば、木下孝行議員はきちんと質問に答えたであろう。「資料」くらい持ってきただろう。(苦笑)
 
 木下孝行議員は「姑息な手段」を使ったことに問題を感じていないのであろう。
 しかし、木下孝行議員は次の事実に気づくべきである。木下孝行議員の行為は、みんなに見られている。インターネットによる議会中継によって、日本中の人に見られている。

   ● 竹原信一市長不信任決議
  
 日本中の人に見られているのである。牛之浜由美議員の質問にまともに答えなかったことも、牟田学議員の質問にまともに答えなかったことも。
 阿久根市議会は公開されている。だから、長期的には、このような「姑息な手段」は通用しない。「姑息な手段」を使う議員には、市民からの罰がくだるであろう。

 もちろん、市民は〈議会は議論をする場である〉と思っている。だから、議論せずに「姑息な手段」を使うのはスキャンダルである。恥ずかしい行為である。
 木下孝行議員はスキャンダルを見られたのである。この事実に気がつくべきである。
 インターネットによる議会中継によって、議会のスキャンダルが暴かれた。議会の現状があらわになったのである。
 
               諸野脇@ネット哲学者
 
 
(注1)

 次の動画の23分55秒を見ていただきたい。
 
   ● 竹原信一市長不信任決議
  
 牛ノ浜由美議員が「もう三回目ですね。」と嘆いている。
 ちなみに、牛ノ浜由美議員の質問は14分13秒から始まっている。
 ここから見ると、木下孝行議員がきちんと答えていないことが分かる。


(注2)
 
 木下孝行議員の名誉のために付記する。
 木下孝行議員がバカである可能性はゼロではない。
 道徳的には、腹黒いより、バカの方がいい。ウソつきより、能力が低い方がいいのである。
 意図せずに間違ってしまっただけである可能性もゼロではない。
 だから、「姑息な手段」とカッコを付けた。

2010年02月03日

【オリコン訴訟】インターネットはオリコンを倒せたか

 オリコンの行為はインターネットに対する脅威であった。
 オリコンは、烏賀陽弘道氏個人に五千万円もの高額名誉毀損訴訟を起こした。個人だけを訴える高額訴訟をためらわなかった。
 個人だけを訴えていいならば次に狙われるのはインターネットである。ブロガーである。インターネットこそ、個人が単独で情報を発信しているメディアであるからである。
 だから、私は次のような文章を書いた。
 
   ● インターネットはオリコンを倒せるか
 
 インターネットはオリコンを倒せたか。
 答は、もちろん「倒せた」である。
 オリコンは自ら敗訴を認めざるを得なくなった。「請求の放棄」をせざるを得なくなった。
 その大きな要因がインターネット上で厳しい批判を受けたことなのである。
 烏賀陽弘道氏は、次のような「高裁協議」の内容を報告している。

 黒津裁判官「TBSの取材がオリコンに入ったそうだ。ネット上でも取り上げられているし、収束したほうがいいという判断にオリコンは傾いている。……〔略〕……」
 黒津裁判官「〔オリコンは〕ネット上の批判も強くなってきたので、矛を収めたい」

 オリコンは「ネット上の批判」に負けたのである。
 詳しく次の文章で論じた。(この文章はメールマガジンで発行した。)
 
   ● インターネットを活用した個人が大企業に勝訴
  
 これで、オリコンはブロガーを訴えたら何が起こるかよく分かったはずである。大きな「ネット上の批判」が起こることがよく分かったはずである。
 インターネットはオリコンを倒した。
 この前例を多くの企業が見ているはずである。
 実に素晴らしい前例である。

                      諸野脇@ネット哲学者


※ 過去の文章は次のアーカイブでお読みいただきたい。

   ◆ オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ

2010年02月04日

【オリコン訴訟】インターネットが個人に大企業に対抗できる力を与えた

 オリコン訴訟は初めてのインターネット裁判であった。
 烏賀陽弘道氏は、インターネットを武器にオリコンと戦った。そして、勝訴したのである。これは画期的な出来事である。
 ぜひ、次の文章をお読みいただきたい。

   ● インターネットはオリコンを倒せるか
   ● インターネットを活用した個人が大企業に勝訴

 個人がインターネットを武器にして大企業と対等に戦えるようになったのである。
 こう考えると分かり易い。 

 もし、インターネットが無い状態で、オリコン訴訟が起こったらどうなったか。

 たぶん、我々はオリコン訴訟の存在すら知らなかっただろう。
 既存のマスメディアは、この訴訟の危険性をほとんど報道しなかった。このSLAPP(口封じ訴訟)の危険性をほとんど報道しなかった。
 しかし、インターネットがそれをおこなった。我々は、インターネットによって、オリコン訴訟の危険性を知ることが出来た。SLAPP(口封じ訴訟)の危険性を知ることが出来た。
 だから、インターネット上にオリコンを厳しく批判する文章が多く発表された。オリコンに不利な証言が多く出てきた。 
 インターネットが個人に大企業に対抗できる力を与えた。
  
 インターネットによって世界が変わったのである。
 情報の伝達のあり方が決定的に変わったのである。
 個人が、大企業以上の情報伝達力を持つ可能性が出てきたのである。(注)
 
                      諸野脇@ネット哲学者


(注)

 オリコンはネット上で私の文章に取り囲まれている。
 グーグルで検索すると、多くの語で私の文章が一番目に表示されるのである。(2010年2月4日現在)

  「オリコン訴訟 批判」
   http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLD_jaJP311JP311&q=%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%82%b3%e3%83%b3%e8%a8%b4%e8%a8%9f%e3%80%80%e6%89%b9%e5%88%a4
 
  「小池恒」(オリコン社長)
   http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLD_jaJP311JP311&q=%e5%b0%8f%e6%b1%a0%e6%81%92
 
  「笹浪雅義」(オリコン側弁護士)
   http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLD_jaJP311JP311&q=%e7%ac%b9%e6%b5%aa%e9%9b%85%e7%be%a9
 
 これも個人が大きな情報発信力を持つ例である。
 

※ 過去の文章は次のアーカイブでお読みいただきたい。

   ◆ オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ
 

2010年02月16日

哲学者、ブルーレディオドットコム(インターネットラジオ)に出演する

 インターネットラジオのブルーレディオドットコムに出演してきた。
 端的に言う。
 
   悪夢であった。(苦笑)
  
 パーソナリティーの烏賀陽弘道氏、ディレクターの岡田伸也氏にとっても悪夢であったろう。
 私は哲学者である。だから、言葉が見つかるまで考える。つまり、見つかるまで、黙り続けるのだ。沈黙し続けるのだ。
 その沈黙が頻繁に起こるのである。言葉が見つかるまで、話さないので。
 生放送であったら、間違いなく放送事故である。(苦笑)
 
   私の沈黙連続の「しやべり」が、果たして番組になっているか。
  
 ラジオの常識を超越した私の「しやべり」がどう処理されたのか。現代の編集技術はどこまで進歩しているのか。別の意味で非常に興味深い。(苦笑)
 実にスリリングな番組なのである。
 ぜひ、お聞きいただきたい。 

 明日(17日夜8時)公開
 
  ● 烏賀陽弘道のU-NOTE
  
 第一週のテーマは「オリコン訴訟とインターネット」。
 何しろ、パーソナリティーが烏賀陽弘道氏で、ゲストが私なのである。
 当然の展開である。(笑)
 
 もし、私が自然に話していたら、ディレクターの岡田伸也氏の神業的編集のおかげである。
 もし、私が面白い内容を話していたら、パーソナリティーの烏賀陽弘道氏の神業的対応のおかげである。
 もし、めちゃくちゃになっていたら、全て私のせいである。
 すみません。すみません。

 今度は、ぜひ、生放送で呼んで欲しい。
 その方が、よりスリリングである。
 さあ、悪夢を楽しもう!
 
                      諸野脇@ネット哲学者
 

2010年02月24日

哲学者、リベンジか?(笑) ――インターネットラジオ出演、二週目

 「悪夢」のインターネットラジオ出演から一週間が経った。
 
   ● 哲学者、ブルーレディオドットコム(インターネットラジオ)に出演する
 
 本日から、第二週の放送が始まった。
 現在、再びブルーレディオドットコム(インターネットラジオ)出演中である。

   ● 烏賀陽弘道のU-NOTE

 私は、リベンジできただろうか。
 さすがに、二回目になると慣れてきた。
 立て板に水の「しゃべり」である……などということはなく、やはり沈黙してきた。(苦笑)
 編集で何とかなりますように。
 何とかなりますように。
 
 今週のテーマは「インターネットと選挙」である。
 私は、総務省の〈公職選挙法がホームページの利用を禁止している〉という解釈を批判してきた。
 この批判は大きな影響を与えた。次期門真市議・戸田ひさよし氏の活動、ブログ市長・竹原信一氏の活動にも繋がっているのである。
 詳しくは、次のアーカイブをお読みいただきたい。
 
   ● インターネット選挙 アーカイブ
 
 なぜ、このような大きな影響を与えられたのか。
 インターネットには〈重要なコンテンツを浮かび上がらせる機能〉があるからである。
 私は、インターネット上に文章を発表しただけである。
 それが大きな影響力を持つようになるのである。
 それは、多くの人がリンクを張ってくれるからである。リンクが私の文章を浮かび上がらせたのである。グーグルの検索上位に浮かび上がらせたのである。

   何でもいいからコンテンツをインターネット上にアップしよう。
 
 あなたがアップした情報が重要なものであるなら、それは自然と浮かび上がってくる。
 インターネットは巨大な情報評価システムなのだ。
 あなたが第二のスーザン・ボイルになるかもしれない。
 
 こんな話を詳しくしてきた。
 ぜひ、お聴きいただきたい。
 きっと、先週よりスムーズに話しているはずである!(苦笑)
 
                      諸野脇@ネット哲学者
                      

2010年09月01日

ネット哲学者、ツイッターを始める

 ツイッターを始めた。

   ● shonowakiのツイッター
 
 原口一博総務大臣に「嫌がらせ」をするために。
 いや、重要な事実をお知らせするためである。(笑)
 次のようにである。
 

【ツイッターから】

@kharaguchi 「ネット選挙」についての規定は現行法にはありません。総務省が禁止されていると解釈しているだけです。だから、原口一博総務大臣が「規定が無いのだから、自由である」と解釈を変えればいいだけです。詳しくは次の文章を。http://shonowaki.com/cat3/
 

@kharaguchi 総務省は公職選挙法の解釈を大きく変えています。以前はホームページを閉鎖させていたのです。現在は公開可能です。総務省は、恣意的に解釈を変えてきたのです。詳しくは次の文章を。http://shonowaki.com/2010/04/post_94.html
 
ホームページ・ブログを更新して、摘発され裁判になった人は一人もいない。刑事さんが「公職選挙法違反だ」と電話をくださったりするが。(笑)

だから、「お電話」さえ気にしなければ、ネット選挙は既に「解禁」されている。それが「ネット選挙解禁法案」で規制されてしまうのだ。

ちなみに、私のブログの政府関係のアクセストップは総務省! 読んでるじゃないか。(苦笑)

議員の皆さんも、私のネット選挙関係の文章を読んでいる。政府関係アクセスの第三位は衆議院。

アクセス第一位は総務省。第三位は衆議院。それでは第二位は?なんと財務省!なぜ財務省が私のブログを?研究?気晴し?総務省を叩くネタ探し?(笑)

それで、私のネット選挙関係の文章を読んだ総務省の皆さん。どうでした?

総務省の皆さん。どうでした?

ネット選挙は既に自由。法的にも、事実としても。ネット選挙で摘発された事実は一件もない。

ホームページを選挙に活用した前門真市議・戸田ひさよし氏は摘発されていない。 ブログを更新した阿久根市長・竹原信一氏も摘発されていない。

既に自由なネット選挙を「解禁」するとはどういう行為なのか?

「ネット選挙解禁」とは、実は「ネット選挙規制」なのである。

「ネット選挙解禁」によってホームページとブログだけが「解禁」されたら、ツイッターなどの他の方法が使えなくなる。

「ネット選挙解禁」という発想自体が間違っているのだ。「解禁」とは「原則全部がおこなってはいけない行為で、おこなっていい行為だけを決める」という発想である。これは論理が逆さまである。原則自由で、おこなっはいけない行為だけを決めればいいのだ。

これは「規制緩和」に似ている。本来「規制緩和」ではなく、「規制撤廃」なのだ。「緩和」ならば、「規制」があることが前提になってしまう。「ネット選挙解禁」も同様である。それでは、禁止されていることが前提になってしまうのである。原則禁止になってしまうのである。

ネット選挙において、「おこなっていいことを一つひとつ決めていく」という発想自体がものすごくイカれている。(苦笑) もし、アメリカが日本のような国だったら、オバマ氏は大統領になれなかっただろう。オバマ氏はネットをフルに活用して、選挙戦に勝ったのである。

世界中の「先進国」がネットをフルに使って政治的な意思決定をおこなっている。その中で、日本の議員は何を「解禁」するかを議論している。ものすごいイカれようである。(苦笑)

「ネット選挙解禁」という発想自体がイカれているという話をした。

「ネット選挙解禁法案」を審議している議員はイカれている。また、それを批判もせずに報道するマスコミもイカれている。

イカれた皆さん、オハヨウ。

今日も、イカれたことを考えているんでしょうね。

「ツィッターはなりすましが防止できない」とか。「誹謗中傷が防げない」とか。(笑)

でも、現実の選挙では、怪文章が飛びまくってますから。「なりすまし」・「誹謗中傷」が普通におこなわれてますから。

イカれた皆さん。まず、ビラを禁止した方がいいのではないですか。(苦笑)

悪い影響があることは、その行為を禁止する理由にはならない。例えば、包丁の利用である。毎年、多くの人が包丁で殺されている。しかし、包丁の利用は禁止されない。


 この文章を読みかえして、興味深い事実に気がついた。
 複雑な内容なのに、分かり易いのである。
 ツイッターの形式で書くことで、却って分かり易くなっている。
 短い文章を積み重ねる形式に分かり易くする効果があるのだろう。
 
 これは、複雑な内容を分かり易く伝える実験である。
 また、インターネットで原口一博総務大臣を追いつめることが出来るかの実験である。(笑)
 
   ● shonowakiのツイッター   
   
 ご注目いただきたい。
 
                     諸野脇@ネット哲学者


About インターネット論

ブログ「諸野脇 正の闘う哲学」のカテゴリ「インターネット論」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリははじめにです。

次のカテゴリはインターネット選挙です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34