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【いじめ論 番外編2】 「いじめの兆候を把握できなかった」は虚偽の論法

 大津のいじめ自殺事件を受けて、平野博文文部科学大臣(当時)は言う。

 いじめが背景事情として認められる生徒の自殺事案が発生していることは大変遺憾です。子どもの生命を守り、このような痛ましい事案が二度と発生することのないよう、学校・教育委員会・国などの教育関係者が担うべき責務をいまいちど確認したいと思います。

 いじめは決して許されないことですが、どの学校でもどの子どもにも起こりうるものであり、その兆候をいち早く把握し、迅速に対応しなければなりません。文部科学省からの通知等の趣旨をよく理解のうえ、平素より、万が一の緊急時の対応に備えてください。
 (「すべての学校・教育委員会関係者の皆様へ[文部科学大臣談話]」平成24年7月13日)

 平野大臣は「その兆候をいち早く把握し」と言う。なぜ、「いじめ…自殺案件」で「兆候」の「把握」を強調するのか。〈いじめの「兆候」を「把握」できなかったから、対応できなかった〉と主張しているのか。
 しかし、大津のいじめ自殺事件の実体はそのようなものではない。
 第三者調査委員会の調査報告書は次の通りである。

 ア担任は.複数回,AがBから暴行を受けている場面を見ており.その度にBを制止しているし.クラスの生徒から「いじめちゃうん。」という言葉を聞いたり.Aがいじめられているので何とかして欲しいという訴えも聴いている。また,Aが.Bから暴行を受けたことについては.養護教諭をはじめとして他の教員から担任に報告か入っている。そして.担任自身も10月3日に養護教諭からBがAを殴ったことの報告を受けた際.「とうとうやりましたか。」と発言している……
 (大津市立中学校におけるいじめに対する第三者調査委員会『調査報告書』)

 担任自身が「暴行を受けている現場を見て」いる。「いじめられているので何とかして欲しい」と生徒からの訴えを受けていた。「兆候」どころか、教師はいじめの明白な事実を知ってた。知っていたにも関わらず、解決できなかった。
 「いじめの兆候」論は、このような事実を「隠蔽」する効果がある。

 いじめは発見しにくい → 兆候を見逃さないようにしなくてはならない → 残念ながら兆候を見逃してしまった → 兆候なので見逃してしまうのも仕方ない

 「いじめの兆候」論は、このように悪用可能な論なのである。
 教師はいじめを知っていた。しかし、それを解決できなかった。「いじめの兆候」論は、その事実を「隠蔽」してしまうのである。
 「いじめを知っていたが、解決できなかった」例は多い。
 深谷和子氏の調査では次のような結果が出ている。(学生に過去を思い出してもらう回顧的調査の結果)

 小学校でも中学校でも、「担任は『いじめ』を知っていた」とする者が三分の一、「たぶん知っていた」とする者を合わせると、八割を越える者が「担任はいじめを知っていた」と答えている。担任の知らない「いじめ」は一五%前後であり、「いじめ」は見えにくいと言っても、クラス内の「いじめ」の大半は担任の視野に入るものだ、ということになる。
 (深谷和子『「いじめ世界」の子どもたち』金子書房、40ページ)

 「八割を越える者が『担任はいじめを知っていた』と答えている」のである。
 教師はいじめを知っていた。しかし、それを解決できなかった。そのような事例が多くある。
 この事実を認めるべきである。
 失敗を認めずに、解決策を考えることは出来ない。いじめを知っていながら解決できなかった。この事実を認めなければ、いじめに対する対策は立てられない。
 「いじめ兆候」論が唱えられたら、注意する必要がある。それは事実を「隠蔽」するためかもしれない。


【追記】

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2015年03月22日 17:11に投稿されたエントリーのページです。

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