「道徳意識」と名詞で表現すると、「道徳意識」が存在するような気がする。しかし、いじめを引き起こす「道徳意識」は存在しない。
全ての行動の原因となる「心・意識」は存在しない。
この原理はギルバート・ライルによって定式化された。
きわめて一般的に表現するならば、主知主義者の説話に潜む不合理な仮定は、理知的であると称せられる行為においてはそれがいかなる種類のものであれ、まずなすべきことを企画するというある内的作業がその行為に先行していなければならない、という仮定である。
(ギルバート・ライル『心の概念』みすず書房、32ページ)
「まずなすべきことを企画するというある内的作業」が「心・意識」である。しかし、「行為に先行」する「内的作業」が必ず存在するという仮定は間違っている。
ライルは次のような例を挙げる。
機智 wit に富んだ人が冗談を言いそれを楽しんでいるとき、彼が依拠している格率ないし基準は何かと尋ねるならば、彼はその問いに答えることはできない。われわれはいかにして機転のきいた冗談を言うか、あるいはまたいかにして下手な冗談を見分けるかということは知っているが、その処方を他人のみならず自分自身に対してさえも告げることはできない。同様に、ユーモアの実践はユーモアの理論の従者ではないのである。
(同、30ページ)
ユーモアがある人が「冗談」を言う時、それに先だって「まずなすべきことを企画するというある内的作業」が存在する訳ではない。彼は、自然に「冗談」を言うのである。だから、彼は次の問いに答えることは出来ない。「その『冗談』はどういうルール(格率・基準)を使って作ったのか。」
同様に、いじめに関わる子供にも「まずなすべきことを企画するというある内的作業」が存在する訳ではない。いじめをする子供は「まずなすべきことを企画するというある内的作業」を経ていじめる訳ではない。また、いじめを止める子供も、傍観する子供も「内的作業」を経てその行為をする訳ではない。いじめの原因になる「心・意識」が存在する訳ではない。
次の事例で「まずなすべきことを企画するというある内的作業」が存在するか。存在しない。
なぜ、彼女のことをいじめたのか。とくに理由はありません。ただ、なんとなく、その子がキライだったというか、虫が好かなかっただけ。いじめの原因なんて、そんなものではないでしょうか。
(土屋守監修『ジャンプ いじめリポート』集英社、66ページ)標的になったのは、留年した男の子。すごくおとなしくて、マジメを絵にかいたような子です。
最初のうちは、私たちもそれがいじめだとは思いませんでした。実際、留年したことをからかっている程度のことだったんです。
ところが、日を追って、その男の子に対する〝攻撃〟はエスカレートしていきました。〝パシリ〟に使うのはもちろん、床に正座をさせて、殴ったり蹴ったり…。8人の男の子が交替しながらいじめるんです。
(同、58ページ)
前者では、いじめた本人が「とくに理由はありません」「虫が好かなかった」と言っている。後者では、いじめが「エスカレート」していった。
これらのいじめ行動に先立って「まずなすべきことを企画するというある内的作業」があったのだろうか。違う。
「ユーモアがある人が『冗談』を言う」ようにいじめがおこなわれたのである。「自然に」いじめがおこなわれたのである。
だから、自分の行動の原因を当人も説明できない。「とくに理由はありません」「虫が好かなかった」と言うしかない。
また、「エスカレート」させようと「内的作業」で決定した訳では無い。「自然に」「エスカレート」したのである。
いじめ行動の原因となるような「内的作業」は存在しない。そのような「心・意識」は存在しない。
〈全ての行動の原因になる心〉は存在しない。
ライルが定式化したこの原理は、哲学の世界では前世紀中には常識になっていた。(何しろ『心の概念』は1949年発行である。)
関連諸科学でも、「心」という概念が事実を明らかにするためには使えないという常識を作ってきた。
しかし、教育界では未だに「心の教育」などと言う者がいる。まさに未開状態である。
例えば、文部科学省は言う。
③ ……生きることの素晴らしさや喜び等について適切に指導すること。特に、道徳教育、心の教育を通して、このような指導の充実を図ること。
(「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識とポイント」)
「心の教育を通して……指導の充実を図る」とある。しかし、「心の教育」と考えていては、いじめの事実は明らかにならない。いじめの事実を明らかにしないで、いじめ解決のための理論を作ることは出来ない。
「心の教育」と言う者は、言葉に騙されているのである。
いじめを引き起こす「心・意識」は存在しないのである。
【追記】
十週連続ブログ更新に挑戦中である。
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第九週目、成功である。