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【いじめ論3】 「いじめは絶対に許されない」と言って効果があるのか

 いじめを「道徳意識」の問題と捉える傾向は一般的である。
 例えば、国立教育政策研究所が発行した事例集には次のような指導案がある。

 

2 本時のねらい
・いじめの意味を理解し、いじめを絶対に許さない心を育てる。
・自他の生命を尊重する態度を育てる。
・いじめをなくすために自分ができることを進んで行う主体的態度を育てる。
 (『いじめ問題に関する取組事例集』40ページ)
 

 「いじめを絶対に許さない心を育てる」とある。つまり、そのような「心」があると思っている。「心を育てる」ことによっていじめが防止できると考えている。〈いじめを容認する心〉がいじめを引き起こすと思っている。
 この事例集は国立教育政策研究所が発行したものである。国立教育政策研究所も同様の認識に立っているのであろう。〈いじめを容認する心〉がいじめを引き起こすと考えているのだろう。少なくとも、間違った考えだとは認識していないことは確かである。間違った考えだと認識してたら、事例集には載せない。
 しかし、既に述べたようにいじめを「心・意識」の問題と捉える理論は間違いなのである。いじめを「道徳意識」の問題と捉える理論は間違いなのである。
 同じ子供達がいじめをしたり、しなかったりする。教師が変わると行動が変わる。教師が変わっただけでいじめが解決する。
 だから、子供の「道徳意識」がいじめを起こすと考えるのは不自然である。
 いじめは「道徳意識」の問題ではない。個人の意識の問題ではない。〈いじめを容認する心〉の問題ではない。
 「いじめを絶対に許さない心を育てる」を「ねらい」にするのは間違いである。「自他の生命を尊重する態度を育てる」を「ねらい」にするのも同様の間違いである。「生命を尊重する態度」が無いから、いじめが起こるのではない。
 注目していただきたい事実がある。
 これらの「ねらい」が「本時のねらい」になっていることである。つまり、一時間の授業の「ねらい」なのである。一時間の授業で、「いじめを絶対に許さない心を育てる」「自他の生命を尊重する態度を育てる」という壮大な「ねらい」を達成するらしい。
 それは不可能である。この「本時のねらい」は誠に不可解である。(国立教育政策研究所は、この異常な「本時のねらい」を見て何とも思わなかったのか。)
 百歩譲って、この「本時のねらい」をこの授業を含む全体の活動の「ねらい」だと考えよう。一年を通じた「ねらい」だと考えよう。この授業は、「学校における非行防止教室を支援する取組」の一環である。

 県教育委員会では、5月から7月を「非行防止強化期間」と定めるとともに、年間を通して、各県公立小学校・中学校・高等学校において児童生徒の「人を思いやる豊かな心の育成」、「規範意識の醸成」などを目的とした「非行防止教室」を実施している。

 年間を通して「ねらい」を達成するというのならば、まだ理解できる。(つまり、ナンセンスさの程度は低くなる。)
 それでは、具体的には何がおこなわれているのか。

 

<具体的な取組例・内容>
○ 関係機関から講師を招いての講話やビデオ視聴等
○ 校長、教頭や生徒指導主任等による講話 ○ 学年集会での生徒指導主任等による講話
○ HRでの担任による講話            ○ 作文、感想文やディベート
○ 学校だより、PTA広報誌等を使い、家庭や地域との連携
 

 結局のところ、活動の中心は「講話」である。〈「いじめは絶対に許されない」と指導者が言って聞かせる〉という形式である。
 「言って聞かせる」は典型的な形式である。説諭は典型的な形式である。
 例えば、「道徳」授業で「いじめは絶対に許されない」と教師が説諭する。いじめが起きた時に学級会を開いて「いじめは絶対に許されない」と教師が説諭する。教師がいじめをした子供を呼び出し「いじめは絶対に許されない」と説諭する。
 これらは一般的におこなわれている指導方法である。そして、効果が無い場合が多い。
 次のような図式である。

 子供は「いじめを絶対に許さない心」を持っていないと考える。

      ↓

 「いじめは絶対に許されない」と言って聞かせる。

 いじめを「心・意識」の問題と捉えているので、「心・意識」に働きかけようとする。言って聞かせようとする。説諭という方法を採る。
 いじめを「道徳意識」の問題と捉えているので、文部科学省は道徳教育の強化を求める。いじめを「道徳意識」の問題と捉えていると、その「道徳意識」に働きかけたくなる。説諭したくなる。
 いじめ観の間違いが指導方法の間違いを引き起こしているのである。


【追記】

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2015年02月08日 23:56に投稿されたエントリーのページです。

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