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【いじめ論6】 ウィトゲンシュタインは〈行動の原因となる心〉を探すことを「思考法の病気」と捉えた

 「道徳意識が高まったから、いじめが無くなった」という文言はトートロジーである。「道徳意識が高ま」ったことは「いじめが無くなった」事実から判断されるのだから。
 これは、「いじめが無くなった」事実から、それに対応する「心・意識」を想定する思考である。我々には、行動の「原因」を「心・意識」に求める傾向がある。何か行動が起こった時に、それに対応する「心・意識」の状態を探す傾向がある。
 これは、既にウィトゲンシュタインによって指摘されていた。

 広くゆきわたった一種の思考法の病気ある。それは、我々のすべての行為が、あたかも貯水池から湧きでてくるように、そこから湧きでてくる心的状態とも呼べようものを探し求め(そして見つけ出してしまう)病気である。例えば、「流行が変わるのは、人の趣味が変わるためである」、と言う。趣味が心的な貯水池なのだ。しかし、洋服屋が今日、服のカットを一年前のとは違うふうにデザインする場合、彼の趣味の変化と呼ばれるものは実は、そのデザインをするというそのこと、またはそれを一部として含んでいるものであってはならないのか。
 (『ウィトゲンシュタイン全集6 青色本・茶色本 他』大修館書店、230ページ)

 「趣味が変わったので、流行が変わった」はトートロジーである。「趣味が変わった」となぜ分かるのか。「流行が変わった」からである。人々が着ている服が変わったからである。服のデザインが変わったからである。服のデザインが変わったという事実から、「趣味」という「心的状態」が変わったと想定したのである。
 「道徳意識が高まったから、いじめが無くなった」も同様である。「道徳意識が高まった」となぜ分かるのか。「いじめが無くなった」からである。子供がいじめをしなくなったからである。机を離したり、物を投げつけたりしなくなったからである。そのようないじめ行動が無くなったという事実から、「道徳意識」という「心的状態」が変わったと想定したのである。
 また、「道徳意識が低いから、いじめが起こった」も同様である。いじめが起こっているという事実から、「道徳意識」という「心的状態」を想定したのである。
 それでは、なぜ、〈行為に対応する心的状態を想定すること〉は悪いのか。「思考法の病気」なのか。
 それをはっきりさせるために、まず「運」という概念を考えてみよう。
 私達は、事故に遭った時などに、次のように言うことがある。

 「運が悪かった」

 これは、ごく普通の発言である。たまたまそこを通りかかったから事故に遭った。事故に遭わない他の可能性もあった。「運が悪かった」という文言で、そのような偶然性を表現できる。これは、一般的には特に問題ない発言である。
 しかし、このように言うことで、我々は「思考法の病気」に一歩近づいている。「運」と言うことによって、次のような思考に一歩近づいている。

 「運をよくするためには、どうしたらよいのか」

 これは「思考法の病気」である。「運」を実体があるものと考えているのである。「運」が存在すると考えて、働きかけようとしているのである。
 このように考えることによって、人は奇妙な行動をするようになる。「運」を操作しようとし始める。例えば、お札を身につけたり、財布の色を黄色にしたりするようになる。
 しかし、「運」など存在しない。壊れた車と同じ意味では存在しない。
 同様に「趣味」も存在しない。服と同じ意味では存在しない。
 同様に「道徳意識」も存在しない。いじめの手紙と同じ意味では存在しない。
 「道徳意識」が存在すると考え、それに働きかけようとするのは間違いである。いじめ対策として、「心の教育」をしようとするのは間違いである。それは、「運」をよくしようとしてお札を身につけたり、財布を黄色くするのと同じ類いの間違いである。存在しないものを存在すると想定して、それに働きかけようとしているのである。


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2015年03月01日 23:15に投稿されたエントリーのページです。

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